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    2011年4月3日日曜日

    風評被害は生産者とシステムが産む

    オークション風に表現すると、今までは「おいしい安全な作物です」という売り文句で生産者は出荷していた。
    日本政府は「おいしかったです、問題ありません:非常によい出品者」という評価をする。その評価の積み重ねが出品者である農家の信頼性を高めていた。

    現在も「おいしい安全な作物です」という売り文句で生産者は出荷している。
    日本政府は今回「おいしかったです、今は問題ありません:非常によい出品者」という評価をした。



    消費者もバカではないから、現在の取引は危ないと思っている。用心をすれば取引は安全に済み、きちんとした品物が手に入る。
    安全かどうかは主に評価を見て、「今は問題ない」ってなんだよと読み取った。良くない噂のある生産者からは買わないのが普通だ。それを生産者は「風評被害」と表現した。

    たとえば、オークションでたどたどしい日本語で説明を書いていたら「これ生産者は中国人かな、魅力的な商品だけど詐欺だったら嫌だな」と思う。
    今まで中国製野菜を散々バカにしてきたのも同じ風評被害だった。それは完璧な生産工程を経ているものも、猛毒の農薬漬けにされているものも同じ中国製だからだ。

    「放射線量はどのくらいですか?」と質問しても「洗えば大丈夫です」としか答えが返ってこない。古服を買おうとして「汚れはどのくらいですか?」と質問したら「洗えば大丈夫です」という回答をされたらどうだろうか。

    調査も説明もろくにしないから生まれるのが「風評被害」。もし消費者側で基準値を上回る放射能が検出されでもしたら「非常に悪い」の評価が付けられて息の根止められるだけだ。そうなったら風評ではない正当評価での忌避となる。その評価は二度と消えることはない。

    普通はオークションで買った品物と同じく野菜も保証がほとんどない。ノークレームノーリターン。売り場で手にとって新鮮そうかなと見ながら買う。保証がないものは、実物を見つつ今までの評価を見て買うしかない。システムを信頼するともいえる。

    問題なのは、そのシステムの運営である日本政府が規制値まで変えてしまうこと。出荷できる規制値をゆるめて、放射能に汚れてても健康に問題はないとしてしまった。
    食べた放射性物質は体内に蓄積されていく。10年後に病気になってもクレームを言うことができない。日本政府は何年か経って何か発病しても誰も責任を問えないようにした。

    何年か先がどうなろうと知った事じゃないという無責任なシステムで作る食品なんか誰が食べたいと思うだろうか。そんな体制ではシステム自体が崩壊していて安全な取引は無理。
    水俣病も政府の用意した学者によって被害が拡大した。今現在もその学者によって規制が甘くなっている。信頼性のない政府のお墨付きなんかついていても評価はマイナスでしかない。

    生産者は政府に頼らない公正な第三者による検査と公表をするべき。かかった経費は政府なり東電なりに請求すればいい。迷惑を掛けられた相手に請求するのが正当であり、消費者側に「風評被害だ」などと言い放つ方がおかしいのだ。

    安易に食べようと思っている人も、10年後に見殺しにされる可能性を考えておくと良い。

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