なにかに文句を言ったり写真を撮ったり、ごくたまに修理(改造・破壊)記事を書くblog。

    2002年12月30日月曜日

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #3



    耳丘後編。12月28日、早朝午前6時。




    早朝の張りつめた静けさが薄らいでいくのが分かる。一人で耳丘に登ったは良い物の、いつまでもここにいたら凍え死んでしまいそうだ。あまりの寒さに手は悴み、デジカメも寒さに悲鳴を上げて動作が鈍い。耳丘を後にし、聖蹟桜ヶ丘駅に戻ることにした。




    作中で図書館のある場所には桜公園がある。その公園から下側の眺め。



    通勤する人に混じっていろは坂を下っていくと、50ccのバイク乗りがふたりで下り勝負をしていた。けたたましい排気音と共にいろは坂を下り、しばらくしてまた登ってくる。2ストエンジンがうるさくて排気も煙たいことこの上ない。ちょうどいろは坂を下りきった橋にある信号がゴール地点のようだ。勝負の途中で邪魔だからと言って4輪を煽るのはやめましょうね、お二人さん。
    信号で止まりきれずにぶつかりかけていたそのバイクを尻目に、橋を渡った川の反対側から耳丘を眺める。成る程、川向かいから見ると造成地の斜面が一望できてわかりやすい。



    耳丘は実に見晴らしの良い場所にある。もちろん丘の下から見てもその様子がよく伺える。真っ昼間に耳丘に行って眺めていたらとても目立つだろう。



    川の土手をゴールデンレトリバーを連れて散歩している人がいた。ここは良い散歩コースなのだろう。水面に朝焼けが映えて美しい。今日は良い天気になりそうだ。



    橋に戻り駅方面へ歩く。いつのまにか、通勤する人がぞろぞろと歩くような時間になっていた。



    駅前に戻ってきたら、駅前のケンタッキーではカーネルが暇そうにしていた。待機しているときでさえ臨戦態勢なのがステキだ。残念ながら開店は10時。このまま2時間ほどで街頭へ出され、仕事を始めるのだろう。

    くるくるくるくる、京王デパートの周りを何周かして一向に暖かくならないままやっと7時になった。朝ご飯を食べることにして再び食べ物やさんを探して歩き回ると、程なく吉野屋を発見。

    牛丼大盛りとけんちん汁を注文する。ちょうど座った場所は厨房が見渡せた。店員さんの手際を見ていると、てきぱきとレトルトパックを破いてお椀に注いだのはけんちん汁。けんちん汁はレトルトパックなのかぁ。どこで食べても同じ味なのは当然なのです。
    ぱくぱくと食べ終えてお金払ってから、外の寒さを思い出した。…外出たくない…。もっとゆっくりのんびり食べるべきだったなぁ。

    kampeitaさんが合流するのは9時らしい。まだあと1時間半あるのだ。それにしても寒いぞ。
    朝焼けを見られて良かったものの、やっぱり早く来たのは間違いだったかも知れないと、そんな後悔をしながら京王デパートの周りをまた廻る。立ち止まっていると寒さで寝たら死ぬぞ状態なのだ。

    そうこうしているうちに吉野屋で回復した暖かさはどこへやら。マズイ、こりゃ風邪引くかもしれない。京王デパートの周りでは各店舗が開店準備をしているので、みんな忙しそう。これだけ何周も廻ってれば怪しい人と思われてるかも。ちょうど駅の券売機の横のドアと壁の間に風がしのげる場所を発見して、そこに寄りかかってぼけーっとする。これじゃホントに怪しい人だ。寒いのは分かっていたけれど、この時期に実行したのは無謀だったかもと思い始めた。

    そんなこんなでやっと9時。そろそろkampeitaさんが合流する。やっと開いたデパートの1階の通路は風が来なくてよい場所だった。その場所に別れを告げて打ち合わせした駅の出口向かって左側に立った。
    誰なんだろう、と通る人を目線で追いかけながら10分程経過した9時15分過ぎ。kampeitaさん無事合流。一時はどうなることかと思ったけれど、これでやっと一安心だ。
    kampeitaさんは想像通り非常に人当たりの優しい感じの人だった。ただ、後日チャットで伺った所によると恐い系の人を決め込んでいらっしゃったそうな。

    話をしつつ、駅前を離れて再びいろは坂を登り桜ヶ丘へ。





    耳丘へ入る柵の反対側から。畑があり学校があるのどかな風景。少し遠くの方にはマンションが乱立しているのが見え、遠くには霞がかる。その反対側の聖蹟桜ヶ丘駅周辺を一枚。耳をすませばとは似ても似つかない開発ぶり。


    いろは坂の上にある金比羅宮を見学。いやはや、あの場所はこんな所にあるとは。金比羅宮の奥は崖になっています。それ程広い境内ではなくてこぢんまりとした感じ。
    更に登っていくと、水道局手前にこんな碑が立っている。

    “桜ヶ丘一丁目の金比羅宮(琴平社)付近を「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見台的城塞として、的を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったと考えられる。一帯は関戸城跡として知られるが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。”



    そのすぐ近くの階段。実に見晴らしがよい。この階段だけで絵になる。
    多摩団地の給水塔へ向かって歩くと、途中にロータリーがある。作中にモチーフとして印象的に使われている場所だけれど、スケールは全然違ってかなり大きい。

    給水塔へ行く間に、寄り道して曰くありげな神社に行く。神社というより物置小屋のように見えてしまうのだが、それなりに歴史がある建物のようだ。
    道を渡って多摩丘陵が最初期に開発された場所の地図の看板を見る。鉄板で作られたモニュメントのような看板なのだけれど、錆びて崩れるのを待っているようだった。開発が始まってからの年月を感じることができる。看板と同じく、今にも朽ち果てそうな穴だらけの歩道橋を渡って、誰一人いない早朝の公園を横目に団地へ。歩道に枯れ葉が雪のように吹き溜まりになっていて、足音がサクサクと心地よい。



    団地への坂を上りきると目の前にそびえたつのが団地の給水塔。給水塔ではあるものの、非常に目立つ特徴的な構造物だ。マイクロ波のパラボラみたいなのがてっぺんに付いていて、どこかを見ている。

    団地はどこにでもありそうなこれと言って特徴はない構造だ。月島家のある団地はここがモデルなのだとの事だ。まだ早朝だということもあってか、それ程人影はなかった。

    団地の周りには公園がたくさんあるが、どれもこの寒空では人影を見ることはできない。
    公園で唯一見かけた、なにやら運動をするおじさん。





    団地から道を下って市民会館へ。
    これ以降、疲れていたせいかどうしようもない写真しか写っていなかった。
    曰くありげな場所をせっかくkampeitaさんに案内して貰ったのに写真がないので紹介できないのが残念。

    市民会館横の細い道を、お地蔵様を横目に下る。
    ふと現れたのは、畑。
    多摩が開発される前は見渡す限りこんな畑と林だったのだろうと想像させてくれる空間。ここで、さっきまでの薄曇りの空がいつの間にか透き通った青空に変わっているのに気づいた。青空と熟れすぎた柿のコントラストがいい。ここには猿候石という石もある(漢字が違うかも)。

    余談だが、その横にあるアパートでうち捨てられたRX-DT99を見つけるも、さすがに持っては帰られなかった。勿体ないものだ。

    kampeitaさんによると桜ヶ丘周辺は合戦があったなど不幸な土地柄であるらしくいろんな鎮魂の碑が建っている。いろんな不可解な現象がある、とも。

    近くにあるお寺から抜けた場所に小さな橋が架かっている。そこを抜け、更に丘を登っていくと、公民館の裏手に出た。公民館の横を通り抜けてベンチで一休み。
    そこでkampeitaさんと何やら話したのだけれど、何を話したのだろう。覚えていない。
    普段運動の一つもしない一御は既にギブアップ気味。kampeitaさんの健脚ぶりには恐れ入る。ちっとも苦になる様子がないのが素晴らしい。半時間ほど休み、再び歩く。

    公民館から下る途中のお寺に寄り道。

    お昼近くになり、駅前に戻って昼食。幾何学造形の京王デパートに昇ってトンカツ。この時点で疲労度80%。美味しかったのは覚えているけれど何を注文したのかいくらだったのかなんてのはさっぱり覚えていない。

    ここまでで、多摩の散歩はおしまい。

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #4(余談)
    へ続く

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