なにかに文句を言ったり写真を撮ったり、ごくたまに修理(改造・破壊)記事を書くblog。

    2002年12月31日火曜日

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #4(余談)

    昼食後、京王に乗り一路秋葉原へ。
    秋葉原への電車内でもずいぶんとkampeitaさんとだべった記憶があるのに何を話したのだろうか。
    いつのまにか地下鉄になっていた電車から降りると、そこは外神田の秋葉原。
    田舎モノの一御には十分すぎるカルチャーショックを与えてくれた。電車がなんて所に通っているんだ。わけわからんぞ。電車があんな空中に通ってても大丈夫なものなんですかね。地震来たら崩れるだろうなあ。こんなの見たら大須なんかへでもないなぁ。さすが秋葉原だなぁ。変に感心するコトしきり。

    既に限界を越えている足を引きずりながら秋葉原を駆け回る一御と相変わらず健脚のkampeitaさん。
    当たりが薄暗くなってきてあっという間に夕方。
    何となく欲しかったモノとして、DELLのSocket370なi815Eマザーを2種。ミネベアの335W電源2台。うむ、良い買い物をした(と思っておこう)。DELLマザーについてはまたの機会に書くかも。
    kampeitaさんはPCカードなLANを買ったようだったけれど、後日談では動かなかったらしい。残念。kampeitaさんもミネベアの電源を購入していた。

    重い荷物を引きずりながら、夕ご飯。
    SEGAの赤いゲーセン近くの松屋でカレー。めちゃくちゃ辛かった。
    あまりにも辛かったので半分ほどkampeitaさんに食べてもらった。あのときの朦朧とした記憶では、辛かったこと以外はさっぱり覚えていない。

    秋葉原から立体的なJRの駅を上り、…どーやって帰ったんだ?
    電車の車内で色々とくっちゃべって、いつのまにやらJR御殿場線某駅。ここでkampeitaさんとお別れ。

    沼津からJR東海道線。ぼけー。うとうと。ぐーすかぴー。
    草薙駅まで迎えに来てもらって、清水の親戚宅に転がり込んだのは22時過ぎ。浜松まで帰るのはしんどかろうと予想して泊めてもらうのを頼んでおいて正解でした。
    夜食をご馳走になり、長い長い1日は終了。
    さすがに疲れてると記憶がさっぱりないものである。

    その後……
    翌日、その親戚宅で一御はパソコン指導。
    指導後、近くの公園にいくことになった。春になればそこも桜がきれいな場所なのだそうだ。真冬見たのは雪化粧した富士山と枝桜。春にまた来てみたい。



    夕方、重い荷物を引きずって再び東海道線に乗り、浜松へ。

    これからも、たまには多摩に行くことにしよう

    2002年12月30日月曜日

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #3



    耳丘後編。12月28日、早朝午前6時。




    早朝の張りつめた静けさが薄らいでいくのが分かる。一人で耳丘に登ったは良い物の、いつまでもここにいたら凍え死んでしまいそうだ。あまりの寒さに手は悴み、デジカメも寒さに悲鳴を上げて動作が鈍い。耳丘を後にし、聖蹟桜ヶ丘駅に戻ることにした。




    作中で図書館のある場所には桜公園がある。その公園から下側の眺め。



    通勤する人に混じっていろは坂を下っていくと、50ccのバイク乗りがふたりで下り勝負をしていた。けたたましい排気音と共にいろは坂を下り、しばらくしてまた登ってくる。2ストエンジンがうるさくて排気も煙たいことこの上ない。ちょうどいろは坂を下りきった橋にある信号がゴール地点のようだ。勝負の途中で邪魔だからと言って4輪を煽るのはやめましょうね、お二人さん。
    信号で止まりきれずにぶつかりかけていたそのバイクを尻目に、橋を渡った川の反対側から耳丘を眺める。成る程、川向かいから見ると造成地の斜面が一望できてわかりやすい。



    耳丘は実に見晴らしの良い場所にある。もちろん丘の下から見てもその様子がよく伺える。真っ昼間に耳丘に行って眺めていたらとても目立つだろう。



    川の土手をゴールデンレトリバーを連れて散歩している人がいた。ここは良い散歩コースなのだろう。水面に朝焼けが映えて美しい。今日は良い天気になりそうだ。



    橋に戻り駅方面へ歩く。いつのまにか、通勤する人がぞろぞろと歩くような時間になっていた。



    駅前に戻ってきたら、駅前のケンタッキーではカーネルが暇そうにしていた。待機しているときでさえ臨戦態勢なのがステキだ。残念ながら開店は10時。このまま2時間ほどで街頭へ出され、仕事を始めるのだろう。

    くるくるくるくる、京王デパートの周りを何周かして一向に暖かくならないままやっと7時になった。朝ご飯を食べることにして再び食べ物やさんを探して歩き回ると、程なく吉野屋を発見。

    牛丼大盛りとけんちん汁を注文する。ちょうど座った場所は厨房が見渡せた。店員さんの手際を見ていると、てきぱきとレトルトパックを破いてお椀に注いだのはけんちん汁。けんちん汁はレトルトパックなのかぁ。どこで食べても同じ味なのは当然なのです。
    ぱくぱくと食べ終えてお金払ってから、外の寒さを思い出した。…外出たくない…。もっとゆっくりのんびり食べるべきだったなぁ。

    kampeitaさんが合流するのは9時らしい。まだあと1時間半あるのだ。それにしても寒いぞ。
    朝焼けを見られて良かったものの、やっぱり早く来たのは間違いだったかも知れないと、そんな後悔をしながら京王デパートの周りをまた廻る。立ち止まっていると寒さで寝たら死ぬぞ状態なのだ。

    そうこうしているうちに吉野屋で回復した暖かさはどこへやら。マズイ、こりゃ風邪引くかもしれない。京王デパートの周りでは各店舗が開店準備をしているので、みんな忙しそう。これだけ何周も廻ってれば怪しい人と思われてるかも。ちょうど駅の券売機の横のドアと壁の間に風がしのげる場所を発見して、そこに寄りかかってぼけーっとする。これじゃホントに怪しい人だ。寒いのは分かっていたけれど、この時期に実行したのは無謀だったかもと思い始めた。

    そんなこんなでやっと9時。そろそろkampeitaさんが合流する。やっと開いたデパートの1階の通路は風が来なくてよい場所だった。その場所に別れを告げて打ち合わせした駅の出口向かって左側に立った。
    誰なんだろう、と通る人を目線で追いかけながら10分程経過した9時15分過ぎ。kampeitaさん無事合流。一時はどうなることかと思ったけれど、これでやっと一安心だ。
    kampeitaさんは想像通り非常に人当たりの優しい感じの人だった。ただ、後日チャットで伺った所によると恐い系の人を決め込んでいらっしゃったそうな。

    話をしつつ、駅前を離れて再びいろは坂を登り桜ヶ丘へ。





    耳丘へ入る柵の反対側から。畑があり学校があるのどかな風景。少し遠くの方にはマンションが乱立しているのが見え、遠くには霞がかる。その反対側の聖蹟桜ヶ丘駅周辺を一枚。耳をすませばとは似ても似つかない開発ぶり。


    いろは坂の上にある金比羅宮を見学。いやはや、あの場所はこんな所にあるとは。金比羅宮の奥は崖になっています。それ程広い境内ではなくてこぢんまりとした感じ。
    更に登っていくと、水道局手前にこんな碑が立っている。

    “桜ヶ丘一丁目の金比羅宮(琴平社)付近を「天守台」などといい、一帯の山を「城山」ともいう。多摩川に面し、武蔵野台地を一望できる絶勝の地であることから、鎌倉幕府以来の物見台的城塞として、的を察知したり、急変を狼煙などで知らせる通信拠点であったと考えられる。一帯は関戸城跡として知られるが、今はわずかにその一部を留めるのみで、山頂は削られ地形も変わっている。”



    そのすぐ近くの階段。実に見晴らしがよい。この階段だけで絵になる。
    多摩団地の給水塔へ向かって歩くと、途中にロータリーがある。作中にモチーフとして印象的に使われている場所だけれど、スケールは全然違ってかなり大きい。

    給水塔へ行く間に、寄り道して曰くありげな神社に行く。神社というより物置小屋のように見えてしまうのだが、それなりに歴史がある建物のようだ。
    道を渡って多摩丘陵が最初期に開発された場所の地図の看板を見る。鉄板で作られたモニュメントのような看板なのだけれど、錆びて崩れるのを待っているようだった。開発が始まってからの年月を感じることができる。看板と同じく、今にも朽ち果てそうな穴だらけの歩道橋を渡って、誰一人いない早朝の公園を横目に団地へ。歩道に枯れ葉が雪のように吹き溜まりになっていて、足音がサクサクと心地よい。



    団地への坂を上りきると目の前にそびえたつのが団地の給水塔。給水塔ではあるものの、非常に目立つ特徴的な構造物だ。マイクロ波のパラボラみたいなのがてっぺんに付いていて、どこかを見ている。

    団地はどこにでもありそうなこれと言って特徴はない構造だ。月島家のある団地はここがモデルなのだとの事だ。まだ早朝だということもあってか、それ程人影はなかった。

    団地の周りには公園がたくさんあるが、どれもこの寒空では人影を見ることはできない。
    公園で唯一見かけた、なにやら運動をするおじさん。





    団地から道を下って市民会館へ。
    これ以降、疲れていたせいかどうしようもない写真しか写っていなかった。
    曰くありげな場所をせっかくkampeitaさんに案内して貰ったのに写真がないので紹介できないのが残念。

    市民会館横の細い道を、お地蔵様を横目に下る。
    ふと現れたのは、畑。
    多摩が開発される前は見渡す限りこんな畑と林だったのだろうと想像させてくれる空間。ここで、さっきまでの薄曇りの空がいつの間にか透き通った青空に変わっているのに気づいた。青空と熟れすぎた柿のコントラストがいい。ここには猿候石という石もある(漢字が違うかも)。

    余談だが、その横にあるアパートでうち捨てられたRX-DT99を見つけるも、さすがに持っては帰られなかった。勿体ないものだ。

    kampeitaさんによると桜ヶ丘周辺は合戦があったなど不幸な土地柄であるらしくいろんな鎮魂の碑が建っている。いろんな不可解な現象がある、とも。

    近くにあるお寺から抜けた場所に小さな橋が架かっている。そこを抜け、更に丘を登っていくと、公民館の裏手に出た。公民館の横を通り抜けてベンチで一休み。
    そこでkampeitaさんと何やら話したのだけれど、何を話したのだろう。覚えていない。
    普段運動の一つもしない一御は既にギブアップ気味。kampeitaさんの健脚ぶりには恐れ入る。ちっとも苦になる様子がないのが素晴らしい。半時間ほど休み、再び歩く。

    公民館から下る途中のお寺に寄り道。

    お昼近くになり、駅前に戻って昼食。幾何学造形の京王デパートに昇ってトンカツ。この時点で疲労度80%。美味しかったのは覚えているけれど何を注文したのかいくらだったのかなんてのはさっぱり覚えていない。

    ここまでで、多摩の散歩はおしまい。

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #4(余談)
    へ続く

    2002年12月29日日曜日

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #2



    5時43分。聖蹟桜ヶ丘駅到着。やっと本題に入ります。
    真夏ならそろそろ明るくなりはじめる時刻なのに、真冬の今は真っ暗なまま。
    一御の他には6人くらいのグループが駅を出ていきました。

    Kampeitaさんが来るのは午前9時。それまでどうしよ。
    ここでぼけらーっと待っているよりやっぱり行ってみよー。今なら夜景も見られるのだ。でも残念ながら真っ暗で写真撮れなかったのでそこまでの道は写真無し。まぁ当たり前ですが…

    駅を出て芸術が爆発な建物を左手に進みます。ファミリーマートを左に見て橋に続く緩やかな道を進み橋を渡り、そこからは坂道になります。
    道の左側を歩くと途中に家に挟まれた長い階段がありました。とりあえずそこを上ってみることにします。と、そこは住宅地の真ん中。ありゃりゃ。

    上りきったところを右にいくと、いろは坂の中間辺りに出てきました。少し上って2つ目のカーブの突き当たりにある階段を上り、路地を進んで突き当たりを右へ。

    おぉ。見つかりましたー。
    (って文章じゃさっぱり表現できませんな)

    確かに夜景が素晴らしい。ほけーっと見ていたら、ありゃ、さっきのグループの人達がやってきました。
    有名なだけあるって言うべきでしょうかねぇ。一御以外にもこんな所こんな日にこんな時間に来る人が居るんですから。

    その場所から耳丘に行くにはフェンスを乗り越えるという不法侵入な方法でしか行けない様子でした。
    仕方ないのでもと来た道を戻ります。耳丘に行くにはもうひとつルートがあるらしいのです。

    いろは坂を下りて坂の中間に公園がある。桜公園。
    そこの奥から上へ、急坂を登っていくと…



    こんな景色が見られます。
    (35mm相当じゃ全然広がりが出ないなぁ^^;)




    耳丘にはこんなノートも置かれています。「耳丘ノート」
    一御も訳の分からん文章を書き殴ってきました。
    寝不足&極度の寒さで支離滅裂だと思います。自分でも何を書いてきたか覚えていません。
    残念ながら、他の人の書き込みを読んでいる余裕はありませんでした(^^;

    とりあえずここまで。
    この時点で勝手に感動しちゃってもう来てよかったーとか思っている状態でした(笑)。疲労度40%。

    後編は耳丘後編+秋葉原(笑)として書こうと思います。
    肝心のKampeitaさんまだ出てきてないし。

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #3 へ続く

    2002年12月28日土曜日

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #1

    注意
    映画「耳をすませば」のモデルになった聖蹟桜ヶ丘を歩いた記録です。ただし、後述の耳丘は私有地ですので無断で立ち入ることはやめた方が良いと思います。このページはそれを推奨するものではありません。反省(一御)

    耳をすませばを初めて見たのはずいぶん前になる。それから幾度となく見ているのに見終わると良い話だったと思える。少女マンガの王道を行く話であり、それ以上にその舞台となる街が素敵なのだ。
    耳をすませばであったからこそ、そこへ行ってみたいと考えるようになったのは自然なことなのだと思う。

    2002年の年の瀬。ふとその舞台に行こうと思い立ち、散歩の達人であるKampeitaさんに道案内をお願いすることにし、幸いなことに快く引き受けてもらうことができた。

    翌日、18切符を購入。(\11,500-)
    こんな年の瀬、もちろんムーンライトは満席。1ヶ月前に売り切れるのだから前日に行って空いているわけがないのだ。折しも東京方面はコミケなるイベントが開催される日(に間に合うムーンライト)であったため、その時点で増発臨時列車の地獄絵図が頭をよぎっていた。

    以下、耳丘にたどり着くまでのお話。



    12月28日。浜松駅1時12分発、臨時大垣発東京行き。
    そのほんの9分前のムーンライト全席指定が羨ましすぎる臨時列車決定組の一御である。

    ホームはもの凄い寒さ。時折JR貨物が地響きを立てながら通過するくらいで、ムーンライトとその次の臨時を除けば既に通常の運行は終了している。



    天国と地獄が分かれる瞬間。ムーンライトのチケットを持った者だけが自分のイスを確保できるのである(既に誰かが座ってるコトもあるけど)。
    数分後、ホームに残ったのは臨時列車決定組の面々。
    1時10分過ぎ。時間通りに臨時列車がやって来た。

    臨時列車は予想を遙かに上回る地獄の様相を呈していた。
    イスはもちろん、通路に人が詰まっている。出入り口にも人が詰まっている。座って寝ていることもあって余計に狭くなっている。大半はコミケに行くであろうと容易に予想できる服装、アイテム、装飾である。
    そして、真冬だというのに室内は蒸し暑い。その上臭い(汗)

    周りの人は一御の事もコミケ組だと思ってるんだろうなあ、などと考えながら立ち乗り。
    途中で何も知らないで乗ってきたであろうオジサンが愚痴っていた。
    「何でこんなに混んでるん…?」
    「えらい電車にのっちまった…」

    30分、1時間、1時間半、2時間、2時間半…

    東京が近づくにつれ車内は少しづつ話し声が聞こえるようになる。あるグループのリーダー的存在であろう人の会話に耳を傾けてみる。と、…予想通りというべきか話している内容が痛い。徹夜明けでテンションが高かろうが何だろうが、一御から見ても痛い話ばかりである。こっちが聴いていて呆れてしまう。

    人のことは決して言えないが、それでもこの人は同じ場所にいながら住んでる次元が違うのかもしれない。自分に陶酔しているような話し方しかできない。自分が痛い人間だなんて微塵も考えてはいない。
    でも、それでいいらしい。それがその世界なのだろう。

    そんなコミケ組のバカ丸出しの会話(もちろんこういうのは一部の人間だと思いますよ)に耐えられなくなった頃、アナウンスが入り、横浜から各駅に停車するようになった。



    4時25分。川崎駅に到着。実に3時間20分も立ったまま身動きがとれずにいた。ここで、地獄の様相を呈していた臨時列車ともお別れ。

    南部線に乗り換え、分倍河原駅まで43分。
    まだ外は真っ暗。こんな時間の電車にもちらほらとコートを着たサラリーマンの姿もある。スポーツ紙を読む人。うとうとしている人。まさかこんな時間に自宅に帰る人ではあるまい。
    吊革の下がっているポールにぶら下がっている人もいた。

    5時29分。分倍河原に到着し京王線に乗り換え。目指す聖蹟桜ヶ丘はここからほんの2駅である。

    耳丘リポート - 「耳をすませば」の舞台散策 #2 へ続く

    2002年7月25日木曜日

    パソコンをゲーム機にしてみる - ビデオ出力付きカード

    当然の事ながらゲーム機はテレビで映すことを前提に作られてます。何故って一番お手軽な表示装置だからですね。
    古くはファミリーコンピュータのRF端子に始まり、コンポジット、S端子、RGB(これはテレビだとちょっと特殊だけど)、新しい規格ではD端子等々。

    一方で現在のデスクトップパソコンはVGA端子が標準出力。良いビデオカードになるとテレビ出力が標準だったりしますが。(^^;
    そんな中で、パソコンでビデオ出力が標準装備なのは意外にA4サイズのノートパソコンです。大きめのノートになるとだいたい黄色い端子か黒いS端子が付いてます。



    今回購入したのは、そのノート用チップ「Ragemobility-p」を使ったビデオカード。\1980。
    RageMobility-pって言ったら数世代前のノート用チップです。部品点数を減らすためにビデオメモリを内蔵したタイプもあったようですがこの-pはメモリ外付けタイプですね。数世代前だけあってローエンドも良いトコです。

    箱の能書きによると64bitのアクセラレーション、内蔵の230MHzRAMDACで1600*1200を85MHzのリフレッシュ可能とか書いてあります(笑)。一般的なディスプレイじゃ到底対応してませんけど。一応MPEG-2のアクセラレーションにも対応してるみたいです。

    今回、ゲームなら大画面でしょうという思いこみでこのカードを衝動買いついでに、\1980のビデオ出力ってどんなモンだろうという興味もあったわけです。安いに越したことはないですからね。



    一見、品粗なカードってだけですが…



    剥がれてるやんけ!!
    \1980らしい初期不良ですなぁ。ってコレ、ジャンクじゃない正真正銘の新品なんですが。
    こんなコトのためにまた遠出するのめんどくさいので適当なコンデンサ張り付けることにします(パターン剥がれてるんですケド…)。パスコンだから容量も近いので良いでしょ。



    適当に修復。

    修復後、マシンに挿して起動させました。知らなかったんですが、コレってきちんとBIOSから表示できるんですね~。



    コンポジットで映したところ。

    表示したテレビは、96年製造の松下製TH-28MW1。
    最近のテレビみたいに高度な処理をして綺麗な表示をするテレビではないです。

    この画像ではボッケボケですけど、値段の割には結構見られるじゃないかっていう感想。文字は無理だけど動画やゲームなら何とか出来るっていう感じですね。これだと濁点と半濁点の区別は付きません。
    この状態で数時間BMやってみました。なんだかゲーム機でやってるのと同じです(^^)

    しかし…目が痛い(w
    もう少しシャープに表示できないものか、と思ってカードを見てみる。


    よさげな空きパターンがあるじゃないですか~☆

    というわけで、せっかくだからS端子で表示したい。
    空きパターンがあるくらいだから少しパーツ足せば写るんであろう。と考えた(笑)。


    まずは半田除去。


    この空きパターンは…?


    π型λ/4ローパスフィルタってやつですか。

    とりあえずフィルタはなくても映るハズなので、Lの部分を短絡しておけばOKやね。
    むしろフィルタがない方がきちんと映るんではなかろーか。


    S端子のコネクタも取り付けてー、と。フィルタは画像をボケさせる原因と聞いたことがある(ホントかどうかは知らない^^;)ので、コンポジット側もLPFを除去しておいた。それにしてもご丁寧に75Ωの終端抵抗は付けてくれてありますねぇ。

    で。



    S端子増設成功~

    写し方にもよると思うけどかなり文字がシャープになってはっきりと見やすくなりました(^^)



    バックパネルにも穴開けました。

    S端子接続では、テレビとしては十分な解像度だと思いますた。(w
    パソコンをゲーム機にしよう計画、費用はビデオカード\1980+S端子\330+α、約\2500くらいでした。 DVDドライブも付けてテレビでDVDを鑑賞してます。画質はなかなか良いと思いますよー。ちょっと音がうるさいですけどね(^^;


    2010.08.19追記:コンデンサは一般用ではなくて、それなりのものを使うべき。フィルタ回路も短絡しただけでは…とかいう感じですな。今では既にNTSCのビデオ出力がどうでもいいものになってしまいました。

    2002年5月28日火曜日

    440BXでTualatin1.4GHzを使ってみる - ws440bxでTualatin

    セレロンがいつの間にかGHzを越していっちょまえなスピードに進化していた。
    今現在は1.4GHzが発売されたものの、インテルさんはPentium4まがいのセレロン1.7GHzの方を売りたいのか1.7GHzセレロンの方が安いという訳のわからん状況になっている。

    周知の事実ではあるけれど“今のところ”同一クロック比較ではPentiumⅢの方が速い。そして今現在のセレロンはベースクロック以外はPentium Ⅲと同一であり(厳密にはキャッシュが違うが)とってもお買い得なCPUなのだ。というかいつの時代もCerelonはお買い得だったという伝統。



    今回、衝動買いしてきたのがTualatinCerelon1.4GHz。\12kくらいでした。
    それを載っけるのはWS-440BX。intel製ながらGatewayへのOEMであるマザーで、もちろん純正だからクロックアップは今回考えない。メーカー向け仕様の「スピードはそこそこながら非常に安定している」というところがとても良いので、なるべくそれを崩さずにいきたいところです。

    今回一番の問題はBXには対応していないTualatinコアであるということ。対処法はPowerleap社のTualatin用下駄という手法もあるにはあるけれど、それなりの追加出費が痛いところ。
    しかぁーし、お金を使わずとも世の中のクロックアッパーさんの努力によりBXでもTualatinを問題なく動かす手法が開発されていたのだ!。(^ー^)ノ

    というわけで、今回もサクッとまねっこ記事になること必至のCerelon搭載記です(爆)。


    できたてほやほや。2002年5月8日に作られたモノですねー。卵ぐらいならそろそろ腐り始めるところか(笑)。(本日5月28日)
    配線は0.13μ、256kbキャッシュ、SL68Gとあります。マレーシア製ですか。…ってここら辺はクロックアップ目当てじゃないのであんまり意味ないですな。



    付属CPUクーラの比較。0.13μの成果なのか、ヒートシンクは結構小さいです。Athlonなんかを想像すると、これで大丈夫なんだろぉかと思ってしまいますが。
    右は今まで850MHzで頑張ってくれていたCoppermineCerelon566MHzです。頑張らせすぎて規定電圧では566MHzでもすでに安定起動しません。配線が痩せてきているのでしょう。

    まずは単純にやってみた改造の結果を載っけておきます。
    もちろん、この手法は一御のアタマは全く関与していないところで練り上げられ、失敗を重ねて非常に苦労されて築き上げられたものであります。元々対応していないモノを安定に動かそうと成功まで持っていかれた素晴らしい情報なのです...

    参考にさせてもらった、「Takpen & NijimasuXのページ」さん。この場を借りて、御礼申し上げますー m(_ _)m



    さてさて。この通りです。これをそれぞれどういう働きの場所にマスクをしたのか、などははっきり言って理解していないという状態で実行してしまいました(汗)。単純にピンをビニール被服でマスクしています。強者になるとピン自体を折ってしまうという方もいるのだとか。一応、ビニール被服であれば必要なときに元に戻すことができるので今回はこのようにしました。



    ソケット側の対応するピンの場所も穴を広げておきます。
    …1カ所開けるの間違えてます(汗



    これで載りましたー。Slot1下駄はSoltekのモノで、C-tune blueとか書いてあります。電圧が規定値だと不安定ということなので、0.1V上げた1.6Vに設定しました。
    さて次はヒートシンクをつけて実際にマザーに載っけてみます。
    というが早いか、きちんと立ち上がりました~(^ヮ^)ノ
    人柱な諸先輩方に感謝!!

    なぜか認識はPentiumPROになってます。それにしても高クロックなPROですこと(笑)。
    ありゃ?1200MHzになってますね。



    Gatewayもなくなって久しいもんです。
    確かこのマザーはPentiumⅡ/400あたりのもので、その後BIOS更新によってCerelon566のCoppermineに対応させ、そして今GHz越えを達成しましたー。
    ある意味長持ちできたマザーだといえます。もちろんこれからも使っていくのですが。



    あまり参考にはなりませんが、HDBENCH340b6の結果です。CPUはそれなりになりましたが、それぞれ2世代ほど前のビデオカードとハードディスクが数値上遅い感じですが体感では目立たず非常に快適です。
    WCPUIDで周波数を調べたところ、きちんと1400MHzあたりで動作していることが確認できました。SuperPIは104万桁2分09秒で、Pentium4の1.7GHzと同じくらいでしょうかねぇ。まぁ単純には比較できませんけど。
    心配した発熱はそれほどでもないみたいです。むしろ今までのクロックアップ状態のCerelon566より少ないと思います。
    考えてみれば、これがローエンドになったんだなあと。これ以上速いCPUってのは一体...。

    練り上げられた改造法のおかげで動作も非常に安定していて、購入して良かったと思えるモノでした。
    Pentium4に逝く前に、やっすいセレロンお一ついかがですかぁ~? (^ー^)ノ回


    2010.08.19追記:相性などで極悪と言われることになる(?)インテルのws440bxですが、鱈が動いたというお話。電源容量などをまったく考えない改造なので火を噴いてもおかしくないものでした。ws440bxは後にHDDを吹っ飛ばしたのを機に引退してます(笑)。

    2002年4月24日水曜日

    KENWOOD製VH7PCの紹介 - お買い得ミニコンポ



    今回のものは新品です。単なる紹介ですね。

    今月はじめの数日間、新聞に全面広告で社長の反抗声明文と商品広告が載せられていたのが記憶に新しいところで、むしろそのくらいしないとすでに世間の人々の記憶から薄れゆくのをくい止められないという、少々苦しい状況かもしれないメーカーさん。

    といっても今回買ったのはKENWOODが製造してSOTECが発売し、その棚ずれをTWOTOPが売っていたというモノ。いや、TWOTOPはSOTECと資本関係があるとかでSOTECの在庫不良を消化しているのかも。

    SOTECは何を思ったかKENWOODと組んでAFiNAAVなるPCを発売した。しかーし、予想通りというかなんというかやはり爆発的には売れず。逆にこのオーディオ部だけのセットが安価に売られ、某ちゃんねる周辺などで比較的小規模に流行した様子。

    このCD部にMD部にPC部にディスプレイにスピーカに…ってそれが基本セットですが、見た目上邪魔くさいのは確かで、折しも小型PCは小型筐体に液晶を組み合わせて売れ筋になっていた時ですから嫌われるのも致し方ないかと。(液晶モデルもあったけど)

    さて。今回購入したのはKENWOOD製RD-VH7PC。リンク先はUSB端子の付いていないバージョンのAvinoVH-7。こちらは標準価格\66,000となかなか良いお値段。
    対して、購入した場所は場末のTWOTOP。発売から3年を経て値段は\10,800まで下落。ということで、自転車に乗って大須までAFiNA購入の一人旅に出かけてみた。

    途中火事などを野次馬しつつ数十分ケッタをこいで、大須TWOTOPに到着。店頭には売れる気配を見せないVH7の山があった。支払い\11,340也。
    店員:「持ち帰りですかぁ?」
    一御:「はァ…。おねがいしますー」
    と、比較的おびえながら持ち帰り指定。宅急便では店まで買いに来た意味がないです。

    …ぐへえ。重い…。



    予想していたけど12kgってこんなに重いんですね。

    たぶん、PC周辺機器として1万円程度で買ったモノの中で一番重いんじゃないの、などとデフレの重さをかみしめつつなんとか自転車に積載。ふらふらしながら自宅を目指すこと1時間超。高齢者向けの3輪自転車が欲しいと心から思いながら帰宅。



    梱包を解きますー。
    いつも中古やジャンクなので気が付かないけど、基本的に商品てのはこういうモノなのですよね(笑)
    保証書も付いてるし。(当然)


    でかい段ボールにはスピーカと本体が分かれて入ってました。



    スピーカに、本体。
    色目はともかく、デザインは悪くないです。
    一時期のミニコンポに比べれば…



    USB端子がある以外は普通のアンプと同じですね。
    スピーカ端子はバナナプラグってのも使えそうです。普通はクリップのように挟むだけのタイプが多いですね。
    デジタル入力は残念ながらありません。


    スピーカ側の端子もお金かかってるっぽいですね。



    なんとなく、スピーカを開けてみました。
    安いものは接着剤活用で開かなかったりしますがこのスピーカは6角レンチで簡単に開けることができます。
    表に出てるネジを外すとこの化粧版が外れます。これはMDFってやつですかね。
    んー…。バッフル板はプラスチックです。




    スピーカユニットはかなり磁気回路が大きいですねぇ。よさげです。
    安いモノは圧電素子だったりするツイータもきちんと作ってあります。
    ウーファはタイ製、ツイータは台湾製、スピーカ自体は中国製です。アジアンパワー炸裂ですな。

    このスピーカ、モノが悪くないだけにもっと高級なアンプでドライブした方がいい音を出すみたいです。ぶっちゃけ言うと本体の力不足ですね。高級かどうかはともかく、試しに繋げてみたTA-F505ESDのほうが雰囲気は良いです(聴ける耳を持ってないので断言できず)。



    以下、いろいろと音を良くするべく対策してみたものなど。お金のかかるものはやってませんけど、ある程度まではこれで行けると思います。(^^)

    1.スピーカーコードの交換
    まずはスピーカーコードがずいぶん細いのが気になったので他のOFCケーブルで極力短く配線してみました(安物ノーブランドなOFCです)。LR揃えて1mづつくらいかな。パソコン周りですから長いといろいろ干渉ありそうですしね。
    音は…どーだろう?変わったよーな変わらないよーな。うーん、変わったような。

    2.設定の変更など
    初期設定で低音高音強調のヘンな音なので、まずは強調機能を切ってしまいます。N.B.2ってのをリモコンのN.B.ボタンを一押しして切れます。
    強調を切ると音が素直になります。この際、スピーカネットも取っ払っちゃいましょう。

    3.バスレフじゃなくしちゃいます
    次に、バスレフ特有のちょっと上質でない低音がいまひとつだったのでバスレフダクトに吸音材を(…と思ったらなかったので消毒用の綿)丸めて入れてみます。低音の感じが良くなった…と思います。(^^;
    #ぼこぼこいう低音は今ひとつ好きではないので。

    4.リスニングポジションとインシュレータ
    きちんとツイータが耳の高さに来るように調整ー。
    置き場所の関係で無理な場合もあるでしょうけど、一御の場合スチール棚の上に置いてあるので少し高さが足りません。そこで手前側だけに厚さ1cm程度の制震用ゴムを敷いて少し上向きになるようにしました。耳の高さに向けると音がくっきりして良い感じ。

    ついでにゴムが低音も補強してくれるみたいで、いい低音が出るようになりました。(^^)
    置いてある場所がスチール棚なので、共振しないように10円玉をインシュレータ(制震)として敷いてあります。奥に一つ、手前の2つのゴムの上に1つずつ。原理的にガタのでない3点支持にしてます。

    コレでだいたい対策は終了ですー。
    あとは…電源の極性合わせなんかもやった方が良いのかなぁ(やり方を知らない)。
    そういえば、大須で@¥98で売っていたフェライトコアをUSBや電源ラインにかましています。確かにノイズが減るからフェライトコアって面白いです。

    おまけ
    中身はこんな感じです。
    CDはカーステレオのメカなんでしょうかねぇ?


    2010.08.19追記:一時期流行ったみたいで、\11,340で買って3年くらいあとにそれより高くオークションで売れた思い出。ソーテックな色じゃなかったらずっと使っていたかもしれません。